Chapter-4


 幽子の心残りを見つける――
 それが、鳥羽に出来た新たな目標だった。

 さっそく、ぼんやりだらだらと過ごす予定だった休日を利用し、街へ出る。何のアテも無かったわけではなく、鳥羽が向かった先は柳通りだった。

「柳通りからタクシーに乗るってことは、柳通りで何かあったってことだろ。……でも、どうしてタクシーなんだろうな?」
「タクシーはお客を乗せるのが仕事だからよ、きっと。
 外の人間を招き入れるのが前提でしょ? 普通の乗用車には、道端に立ってるあたしの姿は見えないみたいだったし……
 タクシーに乗っちゃうのは、あたしの習性みたいなものよ。
 気付いたら乗っちゃうの。
 それで、病院に着いた途端に消えちゃって……その繰り返し」

 思い出すように、幽子は言った。
 そして、鳥羽の正面に回りこんで笑う。

「鳥羽さんは、初めてそのサイクルを壊してくれた人なの。
 それまでの運転手さんは皆怖がってすぐに逃げちゃって、
 あたしが幽霊だってわかった後に声掛けてくれる人なんて一人もいなかった」

「そうか」
「そうよ」

 そんな会話をするうちに、幽子が立っていたポイントに到着する。
 確かこの辺だったよなぁと記憶を掘り起こしながら、鳥羽は違和感を感じていた。

 何に対しての違和感なんだろうかと、しばし考え込む。

 歩道と車道。
 電信柱と街灯、ぽつぽつと立つ街路樹。
 街路樹の根元に生える雑草――何かが足りないような気がするのだった。

 もっとこう、思い描いていた何か……
 あえて言うなら、何も無いのだった。
 幽霊が出そうな目印が無いのだ。

 道路に出るくらいだから事故死か何かだと思っていたのだが、それにしては道路に何も無さ過ぎる。
 例えば、『事故多発!』の看板や、道端にひっそりと置かれた花束――鳥羽は無意識に、そういうものがある現場を想像していたのであった。

「何にも無いなぁ」

 いささか拍子抜けといった体で辺りを見回した鳥羽を、幽子が不思議そうな目で眺めている。もしかしたら、ここで死んだという推測自体が間違っていたのかも知れなかった。

 ……となれば、次に考えられるのは病院か。

 ここから蓮池病院までというのが幽子の癖だったというのなら、やはりその行動には何か意味があるはずだ。
 ここで死んで病院に運ばれたのか、はたまた、この辺りに家があって、病院までの通院が日課だったのか。
 どちらにしろ、柳通りと蓮池病院をつなぐ何かがあるのは間違いなかった。

「病院の方、行ってみるか」

 ぴったり寄り添う冷気を背中に感じながら、鳥羽は病院のある方へ向かって歩き出した。
 途中、幽子が背中に覆いかぶさってくる。
「えへへへへ」

 自分で歩けと怒ろうとした鳥羽は、笑う幽子を背中に乗っけたまま、まあいいかと考え直した。
 ちょっと疲れるが、そう遠い道でもないのだ。
 しばらく好きにさせておこうと思ったのである。

 歩きながら、鳥羽は幽子に問いかけた。

「なあ、お前、この辺に住んでたかも知れないんだろ。見覚えあるものとか、ないのか?」
「うーん…… こんな何にも無いとこじゃ、判別つかないわねぇ」

 真面目にやっているのかそうでないのか、幽子はのんびりとそう言った。
 負ぶさったまま鳥羽の肩を叩き、幽子は病院ではなく繁華街の方を指差した。

「賑やかなところに行きたいな。連れてってよ」
「……しかたないなぁ」

 幽子が行きたい方向に行けば、何かあるかもしれない。
 そう思った鳥羽は、幽子が言うままの方角に転進した。

 繁華街が見えてくると、幽子が背中に負ぶさるのをやめ、今度は鳥羽の腕を取ってぴったり左側をキープする。

「へへっ、デートデート!」
 冷気をぴょんぴょん飛ばしながら、幽子がスキップした。
 生まれてこのかた「デート」なんて言葉に無縁だった鳥羽は面食らったが、楽しそうな幽子の邪魔をするのも無情な気がして、されるがままになった。



 繁華街を歩くのは若い男女の二人連れが多く、独りで歩くのは鳥羽一人くらいのものだ。
 隣には勿論幽子がいたが、道行く人にはその姿が見えない。
 たまに冷気を感じ取り、奇妙なものを見る目を鳥羽の隣の空間に向ける人がいるくらいだった。

 もし見える者がいるなら、周りの男女と同じようにウィンドウショッピングをする鳥羽と幽子のカップルが見えただろう。
 幽子は興味を引くものがあれば指を差し、鳥羽にあれこれ話しかけ、鳥羽がようやくそちらを向いた時にはすでに別の物を指差していた。
 そんな幽子の様子に鳥羽は呆れ、どうして女ってすぐに目移りするんだろうと考えた。

 ふと目を引くものがあり、幽子が指差す物をそっちのけで目を移す――小さなブティックのショーウィンドウで、服を来たマネキンがこちらを見ていた。
 美女の顔をかたどったマネキンが着ているのは、花模様が可愛らしいアンサンブル。

(あんなマネキンより、幽子の方が似合いそうだな)

 頭の中で、幽子にアンサンブルを着せてみる。
 続いて長い髪より短い髪の方が幽子に合うかと想像していた鳥羽の前に、当の幽子が顔を出した。
 ――逆さまに。

「な、なんだよ!」
 跳ねる心臓を押さえ、周りを気にしながら小声で怒鳴る。
 幽子はずるりと鳥羽の肩から滑り降りると、口を尖らせた。

「だって、呼んでも気付かないんだもん。
 乗っても気付かないから、顔出してみただけ。
 ね、驚いた?」

「別に!」

 不意打ちの動揺を隠そうと、強がって見せる。
 何か言わねばと焦った鳥羽の頭は、あろうことか、さっきまで考えていたことを思わず口に出した。
「幽霊って、服脱いだり髪切ったりできないのか?」

「んん?」
 幽子は質問の意味を考えるように首を傾げ、次の瞬間には、ニタァっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「なぁに? 鳥羽さん、あたしのヌード見たいわけ?」

「誰が!」
 真っ赤になって怒鳴った鳥羽の大声は、周りの注目を集めつつ、繁華街中に響き渡った。



 結局、繁華街には何も無く、駅前まで足を延ばしてみたが全て徒労に終わった。……楽しそうな幽子を見ていると全てが無駄だったという意識は薄れるが、幽子の心残りを見つけるという当初の目的は果たせぬままだ。
 ただ一つわかったのは、幽子は病院に入れないらしいということだった。

「バリアーっていうの?
 見えない壁みたいなのがあって、中に入れないの」

 病院の自動ドアを前に、幽子が立ち止まってそう言った。
 仕方ないので鳥羽は一人で病院に入ったのだが、中をぐるっと一周してきても、肝心な幽子がいないので、鳥羽にはただの病院にしか見えなかった。

 出てきた鳥羽に「どうだった?」と問う幽子に、首を横に振ってみせる。
 そうしてから、鳥羽は病院を歩く間に考えたことを述べた。

「病院に来るってことは、何か中に用があるってことだろ?」

 脳裏に浮かぶのは、お見舞いに行くと言っていたいつかの客たちだ。幽子と同い年くらいの彼女たちは、見舞いのために病院へ入っていった。

 病院へ向かう理由はいくらでもある。
 見舞いにしろ、通院にしろ、勤務にしろ、用があるからやって来るのだ。
 中に入れないということは、用がないからか、用を思い出せないからか。
 どうやら〝念〟というものが原動力になっているらしい幽霊にしてみれば、「どうしても入りたい」という強い意思がなければ超えられない壁なのだろう。

 わざわざタクシーに乗ってまでやって来る幽子のことを考えれば、用が無いとは思い難い。
 この中に幽子の心残りがあると見て間違いはなさそうで、今のところの問題は、何故この病院なのかという「過去」が必要なのだった。
 幽子が何処の誰なのかわからない以上、進展は望めない。

 気落ちする鳥羽に、幽子が言った。
「いいのよ、あたし、何処の誰だかわからなくても」

 そう言いつつも、彼女の目は病院に向けられている。

「成仏できなくったって、あたしには鳥羽さんがいるもの」
 冷たい幽子の存在が、更に凍りつくような冷気を増したように、鳥羽は思った。

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