Chapter-6


 先輩に助けられ、鳥羽は何とか、蓮池病院まで辿り着いた。
 意を決して自動ドアをくぐる――幽子は跳ね返されることなく、病院の中に入ることができた。

 ――みつけたよ、やりたいこと。

 幽子が微笑んで、鳥羽の背中から冷気が消えた。
 ふっと掻き消えた、幽子の存在。
 ほどなくして、看護師たちが慌しく移動する音が耳に届いた。

「先生、早く! 高田さんの意識が戻りました!」




「ありがとうございました」

 目的地まで送り届けた客を見送って、ふうっと息をつく。
 目的を持った客を乗せ、目的地まで送り届けるのがタクシー運転手の仕事。
 目的地についてしまえば、あとは客しだいだ。

 バックミラー越しに後部座席を見る。
 誰も乗っていないそこは、かつて目的を失っていた客が座っていた場所だった。
 目的を見つけた彼女を送り届けたのは自分自身だが、その席が空っぽであることに、鳥羽は少し寂しさを覚えた。

 あそこに座って、彼女はよく笑ってたなぁ……,br>  少し前の記憶を懐かしく想いながら、気持ちを入れ替えてハンドルを握る。
 前を向いてアクセルを踏んだところで――

「おはよう、運転手さん!」

 突然背後から抱きつかれて、鳥羽は慌ててブレーキを踏んだ。
 誰かが乗り込んだ気配は無かった。
 少し透けて見える腕を見下ろし、声の主に思い至る。ただ、以前のような冷たさは感じなかった。

「ゆ、幽子!? お前、人間に戻ったんじゃ……!?」
「もう幽霊じゃないわよ。これは幽体離脱ー」

「ゆうたいりだつ……?」
 聞き返す鳥羽に、幽子はからっと笑ってみせた。
「そ。入院してるのって退屈なんだもん。鳥羽さんに逢いたいから、精神だけで抜け出してきちゃった」

「お前なぁ……」  呆れる鳥羽に、幽子が「だって退院まで長いんだもん」と言い訳する。
 それよりねぇ、と続けた幽子は、とても楽しそうな笑い声だった。
「鳥羽さん、こっち向いて!」

 話をはぐらかせるんじゃないよ、とため息をつきつつ、鳥羽が後部座席を振り返ると――

「どう? 似合う?」

 ――そこには、花模様のアンサンブルにショートカットの幽子の姿があった。
 幽体であるため後ろの座席が透けて見える。
 おそらくは、実体の幽子が着ているのであろう服――

「蓮池病院の病室までお願いします、運転手さん」
 幽子の笑顔につられて、鳥羽はにっこりと笑って頷いた。
「はい。蓮池病院の病室までですね」


 鳥羽は今度こそ、アクセルを踏んだ。


                                 【おわり】


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